拉致問題を考える。 解決策はあるか?
 
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 我々の日常生活においても、思わぬ人に恨まれていることがよくありますね!
こちらは謝るつもりでいても相手は過去の傷の深さがあまりにも深いので簡単には謝ってほしくない。


 時間とともにこちらは、忘れていたが、こっそり仕返しをされ続けていた。
仕返しされてたのを20年以上気がつかなかった。


 傷の深さを測る物差しは、伸びたり縮んだり捉えどころがない。
拉致被害者だけにこの痛みを押し付けているような気がします。
父母の時代の正義の名の下の戦争の代償とはいえ、我々を含めて、
特に政治家と外交官は、何はともあれ被害者に詫びなければいけないと思います。
遠くの火事のように思っていた冷戦が、知らないうちに身近で起こっていたわけです。
冷戦という言葉は、何もしないことでは有りません。裏側でこっそり戦争中という意味です。

 私は、30年前の同窓会で、自衛隊に入った同級生が盛んにソビエトや北朝鮮の脅威を
論じているのをセセラ笑った事を思い出しました。
税金を使って戦争ごっこをしているだけだ無駄なことをしている。
こんな平和な国では、お前らは、必要ないし、自衛隊の存在自体が適切では無いと思っていました。
武力での解決は、だめだ話し合いが第一と今でも思っていますが、あの時彼の全てを否定するだけでなく、
せめて警戒の必要性は、認めるべきだったと反省しています。
でも一度振り上げたこぶしを収める方法は、非常に難しいと今でも思っています。
警戒の範囲をどう決めるかも大変困難ですね!
日本国民が政治家が臭い物には蓋をしていた事が一番いけなかったのです。

正義とは、時々誤解されます。
 人間社会の歴史は、正義の名の下に失敗を繰り返してきました。
戦争は、全て正義のために行われ人が不幸になりました。


 自分のことで精一杯な現代社会で他人のことを自分の事として考えるゆとりがありますか?
 誰が悪いのでしょうかね?
 何が足りなかったのしょうか?
 どうしてこんな事が24年間もほって置かれたのか?
 まだ相手は、戦争中だということを忘れていたのは、誰でしょうか?
 ポツダム宣言受託の意味と解釈を相手国の立場で考えていましたか?
 日本国が平和条約を結んでいない国を全て知っていますか?